*Voice-Void*

☆奇勝への皆既☆

地球上の原子炉はとっくの昔にすべて廃炉にはなっていたが、完全処理されたはずの核廃棄物から漏れ出す膨大な放射線は、この星全体にあまねくゆきわたり、有象無象の存在がその地獄の恩恵を浴びながら暮らしていた。核の平和利用という浅墓で不毛な危険投資は止んだが、戦争と売春は人類が存続する限り消滅は不可能であろう。
人々のほとんどが、その頭皮に極小チップを植え込んでいた。
それを意図しさえすれば、チップの回路が開いて色々なプログラムを意識操作できるのであった。
ネット、TV、電話としてはもちろん、各種の支払や家内設備のコントロール、車やバイクの運転までが自動で運転可能となる。
彼は今、街中の雑踏を歩きながらホロニズム映像を観ていた。脳内に映し出された立体映像は、外界での映写と同じ感覚でとらえられ、彼の意図次第で彼自身ひとりでも他者と一緒でも鑑賞可能となる。
画面にはソルト・レイクが映し出されていた。その湖畔に歪(いびつ)な円錐型の物体があった。尖(とんが)った頭頂部を先頭に、地面へ向かってほとんど凹凸のないフォルムを着地させているその物体は、尖端部から20cmくらい下りた処にへばりくっついた妙に艶(なまめ)かしい唇を震わせ、これまた奇妙な女声でこちらに語りかけていた。その声は、大昔の玉音放送の音声を一昔前のノイズ・アヴァンギャルド風に味付けしたような、重苦しい高揚感を滑稽に表していた。彼女はこう言っていた。「只今ここで始める儀式を祝い、全人類の皆様方との饗宴を行いたく、そのオープニング・セレモニーとして素敵な前菜を差し上げましょう」
彼女から引いたカメラが湖全体を俯瞰(ふかん)していく。冷たく静かな白銀の湖面と広漠とした周りの風景は、彼の歩いている都会の喧騒とは隔世の感があり、ほとんど非現実的に想われた。湖畔からほど遠い湖の中心部からボコボコと泡が出て来た。「沸騰したら三日月を真っ二つに折りソルト・レイクへ入れ軽く湯搔(ゆが)きます。水分を切ってプルトニウムを砂糖衣(アイシング)して完成です」妙ちきりんな円錐女がそうアナウンスすると、ソルト・レイク全体が震動していき、宙空にかかる巨大な弓月が少し膨張したかと想うと真っ二つに折れて、湖のド真ん中へとブチ落ちていった。強烈に泡立つ湖面が瞬く間に蒸発していったかと想うと、干上がった湖底から塩まみれの三日月が二つに折れたまま浮かび上がってきた。その純白透明の月の成れの果てへと雪のように落ちてくる奇妙で悍(おぞ)ましいな結晶は、北半球全体から掻き集めたプルトニウムである。

「儀式って一体何の儀式なんだろう?」
都市の雑踏を行き交う人々は、横目で或いは少し立ち止まりながら、その映像を見るともなく観ていた。
人々の表情に薄く現われた想い「どうせまた毒にはなるが薬には金輪際ならないような、強欲利権を空疎な御題目の厚化粧まみれにしたイカレたイヴェント」なのだろうか?
彼は、どうもそうとは言い切れないような、それでいてもっと不吉な氣分で、その巨大で奇怪なオードブルを見つめていた。
生命を根絶やしに出来る猛劇薬プルトニウムをアイシングしたとんがったバナナを誰に喰わせるというのか。
氣違い沙汰は昔から日常茶飯事だけど、こいつはチョイと度を越しているぞ。地球人は大昔から狂っていて、末法といわれて久しいが、空無を知覚する記憶が失われて久しくもあり、ほぼ完全な無能状態に置かれて在る、この惨劇が今の今の今、すっかり終わって仕舞えばいいのだが・・・・・

つづく
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by hitohiso | 2013-01-02 20:33