虚無の樂園

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それは、人間の形をした肉蟲だった。
深く、光の届かない、真っ暗な海の底に、四肢を投げ出し坐って居る男。
中性者のような肌を艶(なま)めく表わし、ふわふわと揺らめく頭上には、大きな漆黒の冠を水風になびかせて、男は一人、坐って居る。
彼を襲い、包み込んでいるだろう、猛烈な水圧は皆目感じられず、ゆるやかな空氣に、ざらついた水っ氣が絡みついているようなその風景は、無限の闇色のグラデイションの只中、その男を躍らせている。否、彼こそが、その世界を躍らせているのかも知れぬ。
太古の昔、大氣は濃密で、体を動かせば、そのまま中空に、空氣の塊(かたま)りを掻(か)き出せる程で、風の具合によっては、体ごと浮かせたり、雲と戯(たわむ)れたりも出来るのだった。
それに比べ、湖沼や河川、太洋の水水は、とてもとても軽く稀薄で、水に体を浸(ひた)しても、瞬(またた)く間にサラサラと乾いて仕舞う。
ちょうど、そんな風な、ドライでダークな霧の世界の奥底に、人型をした肉蟲は、弛緩(ちかん)と緊張を非連続的に輝かしながら、息もせず、暮らしているのであった。

一歩、一足飛びに又一歩、消滅点へ向かって、変容していく現在者。
目前に出合うは、自由の門。
その右手に「運動の垣根」、左手に「停止の垣根」が廻(めぐ)らされている。
「運動の壁」には錯誤と蒙昧(もうまい)の歴史が蔓延(はびこ)り、「停止の壁」には退廃と狂氣の生活が塗り込められていた。
門前の風は、生温かく薄氷のように凝結していて、真綿のような星の欠片(かけら)が、鋭くスピンしながら、宙空に貼り付いている。
ゆっくりと薄紙を剥(は)ぐように自由の門をくぐる。門下に一瞬立ち止まると、前面も背後も上下左右も無くなって、無重力のまま、生死から放り出された。
その瞬間、愛智と平和の使者たちに出迎えられ、「罪業の参道」を一歩一歩、一足飛びに、不明瞭に足が差し向かうまま、どこへと知らず、地面に導かれるように進んで行くのであった。
脚下を見渡すと、嫉妬と後悔の脅迫が、大津浪となって押し寄せて来る。おぞましい無恥と愚かな驕慢(きょうまん)が、周囲に纏(まと)わり憑(つ)いて離れない。
怠惰で浅慮な侮蔑が、皮膚を喰い破って肉へと突き刺さるようだ。
あらゆる悲惨も苦痛も児戯に等しいのだと、自ら言い聞かせながら、呪うが如く歩み、祝うが如く佇(たたず)む。
人類の滑稽さを笑止しながら嗚咽(おえつ)しては、厳然と空虚な鼓動を鳴り響かせる「罪業の参道」は、産みの親の胎中でもあろう。
参道は産道でもあり、その向う岸には、出口であり入口でもある、巨大な半球形の建造物が朧(おぼろ)に霞(かす)んで見える。
退屈で閉塞した人生を死に急ぐ、茶番人たちの度し難く見苦しい痴呆劇を傍観しながら、彼方に浮かぶように佇(たたず)んでいる球体の館へと意識を走らせた。
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by hitohiso | 2013-01-02 22:57