☆ムマン☆齟齬(そご)の逆波(さかなみ)

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吹き飛べ!吹き飛べ!
風も、空も、闇も、光も。
吹き飛べ!吹き飛べ!
無も、舞も、生も、死も。

遙(はる)か遠くに山並みを望み、広大な平野を縦断して大海へと注ぐ川の河口岸近く、前は田畑であったろう平原地帯を区画整理して出来た、都心郊外は新興住宅街の最初の住人だったのか、はたまた先住者であったのか、広く広く、どこまでも広く拡がり続ける河川敷のような平野の虚点(ありか)に住まう、河原乞食の末裔(まつえい)としての一家族がいた。
これは、昭和の乳房の萎(しな)びた風情にガタピシと閉じ込められ、人ひとり通れぬ程近づく両隣の外壁に挟(はさ)まれた、陽(ひ)の当たらぬ風通しの悪い古ぼけた安普請(やすぶしん)の平屋建てを棲(す)み処(か)とする、その一家族の長男坊の話である。

暗くしとしとと湿(しっ)けていて、埃(ほこり)と脂(あぶら)でうっそりと覆(おお)われ、そんなことはどうでもいいというように、思想も美学も投げ遣(や)りに無視した、どぎつく安っぽい器物に囲まれて過ごす少年の日常は、毎日夕刻になると始まる隣家の夫婦喧嘩を、馴(な)れ親しんだように聞く耳をおぞましく見据(す)えながらも美への欲望を発散出来無い両の目を扱い兼ねていたし、身動きがとれないまま統合性を欠いて寄る辺の無い、鬱鬱(うつうつ)と愉(たの)しまぬ、そんな家内の空氣を吸い込む咽喉(いんこう)を憐(あわ)れみながら蔑(さげす)む風潮に支配されてもいた。
家からすぐの小さな駅の踏み切りを越え、田畑を左右に見ながら緩(ゆる)い坂を上るとそこが堤防で、少年の父親が子供の頃泳いだとされるその川は、今は濁(にご)り肥(ふと)って醜(みにく)く、とても泳ぐ氣にはなれぬし、そうなってしまった歴史の罪悪を見せ付けられた想いがして、すこぶる不快の念を擁(いだ)きながら、同級生の少年や、一つ下の妹との擬似セックスに逃避と俯瞰(ふかん)を覚えたり、マッチでの火遊びで燃え移ったカーテンに残された嘘臭(うそくさ)い焦(こ)げ痕(あと)に、諦観(ていかん)と不満を募(つの)らせたりして暮らしていた。
夜半近く、近所を自転車で走り抜けながら「火事だぁーーっ!」と叫ぶ狼少年は、ドブ板を踏みはずして汚水に塗(まみ)れた、臭くて情けない昼間の足に仕返ししようと、ヤッカミ半分、自浄半分で、淋しく物憂(ものう)げな自分を鼓舞(こぶ)するのだが、茶番は茶番のまま、神秘も奇跡も蚊帳(かや)の外で、寝入り端(ばな)の天井の板の目に不氣味な象徴を見出そうとしては、天井裏の鼠(ネズミ)たちの運動会から不吉な呪文を聴くのである。
誕生日のバナナに惑(まど)わされた少年の、常日頃囲っていた闇が突出したのもやはり誕生日であって、内外(うちそと)の解離(かいり)が産(う)んだ自(みずか)らの業(カルマ)の味氣(あじけ)なさにはほとほと参る術(すべ)も無い在(あ)り様(さま)で、塩っ氣が抜けていく体のだらしなさを傍観(ぼうかん)するのみであった。
冥(くら)い暗い自らの奥底を覗(のぞ)く勇氣が欲しい癖(くせ)に騙(だま)された少年の体の暗闇で、夜毎繰り広げられる虚癖宴(きょへきえん)なる儀式が齎(もたら)す効用を少年自身が解明するには、猜疑(さいぎ)心に満ちた少年自身という器官の活躍と、慙愧(ざんき)の念に引かされた少年自身という出来事を超えた未完の器(うつわ)の、何事かへの没頭(ぼっとう)が必須となるのである。
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by hitohiso | 2013-01-03 17:33