「梃子(てこ)の原理」

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戦後美術界の重鎮(じゅうちん)、ヨシダ・ヨシエ氏から頂いた、これは舞台「マ・グ・サ・レ」でも使った、四谷シモン作の両性具有人形を携(たずさ)えて、森と泉の深層界に棲(す)まうであろう人形作家と邂逅(かいこう)すべく、清潔この上無いが薄情無類の浅墓で生命不快の極致場である、病院と呼び慣わす現代の処刑場へ向けて、憤怒と憎悪を抑え兼ねながら身悶えしている奴婢人形(Slave-Doll)となって、四分の一世紀ぶりのBALIへと巣立った。
空港を降りた途端、まとわりつく熱氣と花の芳香。
すさまじい排ガスに辟易(へきえき)しながらも、道道のそこかしこに咲くプリメーラの匂いが、我執(がしゅう)の局地から抜け出せない私を、忘我(ぼうが)の領域へと誘(いざな)ってくれる。
朝夕の礼拝が優雅に真摯(しんし)に行なわれ、彼等の誇りに充ちた祷(いの)りの身振りに恍惚となる。
原初の神である水と太陽に守られ、水田の月に蛍が遊び、棚田の美景は麗(うるわ)しく、海上からの日の出と日の入りを満喫(まんきつ)し、海豚(イルカ)と泳ぎ、滝壺で躍った。
炎天下の焼け付くようなアスファルトを裸足で歩く農夫や、重い篭(かご)を頭に載(の)せてゆったりと躍るように運ぶ商人女たち。
清楚(せいそ)な色氣を振り撒(ま)く乙女や、寺での闘鶏(とうけい)に遊ぶ屈強の男たち。
粗雑で頑固ながらも、BALIの人人は率直で敬虔(けいけん)だ。
シャーマニズムそのものの巨大な守宮(ヤモリ)や、透明の瞳を持つ老婆に合ったりしながら、篝火(かがりび)を蹴散らすトランス・ダンスや、竹で組んだ型枠の工事現場の職人たちの笑顔を、驚きながらも冷徹に観た。
何万体もの蝙蝠(こうもり)の棲(す)む洞窟が発する、強烈極まり無い劇臭に襲わて、その日一日中鼻が麻痺したり、伝説の巨人が形作った山に合点したりして、愚かにも違法となった幻覚茸(Magic-Mushroom)を摂取(せっしゅ)した最後の夜は、哀と愛のワンネスを体感し、美醜の垣根を、あらゆる音のシンフォニーで合奏したのだった♪

そして帰国した文月の満月・日蝕の日が、ヒトヒソ館の終焉(しゅうえん)とあいなろうとは、なかなか茶目(ちゃめ)なるシナリオで御坐(ござん)した!
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by hitohiso | 2013-01-04 19:50